和歌山県の富田川の一部は、オオウナギの生息地として天然記念物に指定されています。
ウナギという事で、私も少なからず関わっており、色々と調べたり情報を集めたりしています。

天然記念物に指定されるように働きかけたのは、当時田辺高等女学校(現田辺高校)の教諭だった宇井縫蔵(ういぬいぞう)氏です。
魚好きの人には「ウイゴンベ」の宇井さんとか、タケウツボの学名(種小名)のuiさんのほうが通りがよいかも知れません。

宇井氏は教務のかたわら、植物や魚の研究を行い、大正14年に「紀州魚譜」という地方の魚類相リストの先駆けとも言える名著を世に送り出しました。
そこのオオウナギの項に、天然記念物指定の経緯が書いてあったのですが、その中に大正10年8月地方新聞に大鰻保護すべしと投書した、とあるのです。

今回、この新聞記事を明らかにすべく、県立図書館へ行ってきました。

なにせ、何新聞かすらわかりません。
和歌山県では当時様々な新聞が乱立していました。
現在もその名残で、他の地方にくらべて地方紙が多いように感じます。

宇井縫蔵は南方熊楠とも交友がありました。
熊楠といえば、舌戦を繰り広げたのは親友毛利氏が主催する「牟婁新報」です。

おそらく、牟婁新報に違いないと予想を立てて、図書館へ向かいました。

さすがは県立図書館です。古い新聞アーカイブも充実しています。
牟婁新報も、欠号こそあれ、沢山そろっています。
目的の大正10年8月もありました。

日にちまではわかりませんので、一日一日めくっていくと・・・・

121103.jpg

ありました!

8月9日に問題の記事を発見。

良く読むと、7日の本紙に大鰻が現れた事が載っているのを見て、急ぎ書き上げたとあります。
この新聞は9日付ですから、実質1日くらいで書き上げたという事になります。

内容は、分布から、ウナギ一般の発生、変態から河川加入、産卵回遊に伴う変態までに及びます。
また、河川環境の悪化(特に河床が埋まることなど)を嘆き、大鰻の保護を訴えています。

ここに、富田川の天然記念物指定への最初の一歩が、はっきりと見て取れます。

しかし、下準備はしていたでしょうが、すぐにこれだけの文を書けるとは・・・昔の偉人は本当に凄い!


大正時代、紀南地方では、熊楠を中心とした自然保護運動が、盛んに起こっていました。
宇井も、オオウナギを通して地元の自然が壊れ行くのを、何とか阻止したかったのでしょう。

平成の現代を生きる我々は、90年も昔の大正時代には、さぞ豊かな自然があったのでは無いかと思ってしまいます。
しかし当時の人々の目に映る自然の姿は、だんだん壊れ行くものでした。

先達が憂い、残そうとした自然は、果たして今、どのくらい残っているのでしょうか?
これから90年後、我々の子孫は、どのような目で自然を眺める事になるのでしょう?


少々画質が荒いですが、全文アップします。
是非読んでみてください!
ui牟婁新報1

ui牟婁新報2

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